プラレール / 考察

タカラトミーも知らないプラレールの歴史

 この記事では公式も書かないプラレールの歴史について解説していきます。

プラレール考古学時代(~1958)

「プラスチック汽車・レールセット」以前のプラレールに繋がる鉄道玩具について考察されている時代。
「プラレール」ではなく「プラレールに繋がるレールシステムを持つ鉄道玩具類」についての考察や検証であることに注意。

1924年

・富山玩具製作所が設立される。現在のタカラトミーである。

1950年

・米国のKEYSTONE社より鉄道玩具「keystone tot railroad」が発売される。この「keystone tot railroad」がプラレールのレールシステムの源流となる。

1957年

・富山商事(現タカラトミー)にて樹脂玩具設計部門が設立。

1958年

・KEYSTONE社が玩具事業から撤退。PLAYSKOOL社に玩具ライセンスを譲渡。PLAYSKOOL社から「keystone tot railroad」を元にした「New Tot Railroadset」が発売される。

・同時期に富山商事がPLAYSKOOL社との提携を開始。富山商事より自動車玩具である「ハイウェーセット」が発売。日本国内にて初のプラレール規格のレール部品を使った玩具となる。(※PLAYSKOOL社は1960年代に玩具事業から撤退。以後富山商事のみのライセンスとなる)

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プラレール第一期(1959~1970)

 プラレールの黎明期。主に架空の車両が製品化されており、鉄道玩具としての方向性を模索していた時代。

1959年

・富山商事より「プラスチック汽車・レールセット」が発売される。この商品からプラレールの歴史が始まる。

1961年

・電動プラ汽車セットが発売。プラレールシリーズにて初めてモーター駆動を採用し、動力を持つ先頭車1両と付随車2両という、基本の3両編成セットがここで確立される。

1963年

・富山商事の社名がトミーに変更となる。

1964年

・「ひかり号」が発売。実在の車両をモデルにした初めての製品となる。

1965年

・「プラレール」のブランド名が登場(詳しい年代については諸説あり)。

1968年

・「電動プラ電車」発売。復刻も含めると2005年まで生産が続けられた超長期シリーズとなる。

・トミーの本社社屋にて火災発生。この時にプラレール関連の資料の一部が失われたらしく、プラレール誕生の経緯や命名時期の記述に混乱が生じた遠因になったと考えられている。

1969年

・複線レールが登場。

1970年

・「トミカ」が6車種で発売開始。トミカシリーズの歴史が始まる。

・「おうふくプラレール」が発売。

プラレール第二期(1971~1982)

 プラレールの概念がまとまり、現在の3両1セットの製品展開が確立された時期。実在の車両のラインナップに置き換わっていく。

1971年

・架空のデザインを基にした車両の製品が廃盤。以降、プラレールは基本として実車をモデルとした製品の販売となる。

1972年

・「ちんちん電車」発売。

1974年

・「ロータリーじょせつしゃ」が発売

1975年

・「とうかいがたきゅうこうでんしゃ(後に“165系東海型急行電車”に改名)」が発売される。最終的に2020年まで販売が続いたロングセラーとなった。

1979年

・初のライト付き車両「ライト付きひかり号」発売。

プラレール冬の時代(1983~1984)

 プラレールの新製品の発売が特に少なかった時代。
 仮に発売されていたとしても、既存製品の塗り替えなど、明らかに力の入れていない製品の発売が続いた。

1984年

・ラジコンシステムを導入した「R/Cシリーズ」が発売される。

プラレール第三期(1984~1994)

 動力ユニットが初期型(旧動力)から新動力(旧メカ)更新された変革期。

1985年

・205系をモデルとした「通勤電車」が発売される。この「通勤電車」が「新系列金型」に置き換わるまでの、JR・私鉄通勤電車をモデルとした製品の金型となる。

1987年

・プラレールの動力ユニットが大幅にリニューアル。現在でいう「旧メカ」になる。

・「2スピード方式」が初採用される。

1992年

・「きかんしゃトーマス」シリーズがプラレールグループに追加。

1993年

・209系をモデルとした「プラレール 人形遊び 通勤電車」が発売される。この車両が現在に至るまでのプラレール通勤電車製品の基本金型(新系列金型)となる。

プラレール第四期(1994~2001)

 1994年に箱のデザインが変更。製品にも私鉄限定品が出るようになり、多様化が進む。

1994年

・初の大型情景部品「未来特急のぞみ号」発売。

1997年

・年会費制の公式ファンクラブ「プラレールファンクラブ」が発足。2003年まで存続した。

・10月14日を「プラレールの日」と定める。

・「超特急ヒカリアン」のアニメシリーズが放映開始。

1998年

・8月23日、東京都大田区の羽田図書館にて「あおぞら鉄道」という団体がプラレールレイアウトを展示した「あおてつ展」を開催。このイベントが非公式のマニアによるプラレールイベントの始まりとされている。

1999年

・現在確認される中で「プラレーラー」という言葉が掲載されている文献が発行された最古の年。トミー公式のプラレール付属ビデオにて「プラレーラー」の言葉が出現し、ほぼ同時期にマニア側でも使われ始めた。

・「カプセルプラレール」シリーズの展開開始。

・小田急、京急、江ノ電の各社にて、限定版のプラレールが発売される。これが私鉄限定のプラレールの走りとなる。

・「プラレールのすべて」第一巻が発売される。同年に第二巻、2001年に第三巻が発売される。

2000年

・タカラトミー公式の展示会である「トミカ博」「プラレール博」が初めて開催される。

・初のサウンド搭載車両「おしゃべりトーマスセット」発売。

・先頭車にカメラを搭載した製品「TVで遊ぼう!僕はプラレール運転士」が発売される。

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プラレール第五期(2001~現在)

 造形技術の革新に伴い、これまでのデフォルメ志向から現在のリアル志向に変化していった時期。

2001年

・林泰彦氏と中野裕介氏がアートユニット「パラモデル」を結成(「パラモデル」のユニット名自体は2003年から)。以後、プラレールのレールを用いたインスタレーション作品を発表している。

・大型情景部品である「タイムステーションD51」が発売。モノレールが付属しており、この製品からプラレール版モノレールの歴史がスタートした。

2002年

・「S-XX」などの品番が導入される。

・ヒカリアンの続編「電光超特急ヒカリアン」のアニメシリーズが放映開始。

2005年

・ぺたぞう氏がインターネットブログにて、一畳レイアウト写真の公開を開始する。

2006年

・トミーがタカラを吸収合併。社名をタカラトミーとする。

2007年

・yukiyayukata氏が初のバトレール動画「プラレールVSプラレールの落下バトル」をニコニコ動画にて公開する。

2011年

・「プラレールアドバンス」シリーズの発売

・松岡純正氏、YouTubeにて動画投稿活動を開始。

・タイ王国にて大洪水が発生。タイに工場を持つタカラトミーも被害を受け、生産が一時ストップ、プラレールを始めとするタカラトミー製品の供給が一時不安定になった。

2012年

・ 玩具カテゴリ初となるエコマーク認定商品である「エコ直線レール、エコ曲線レール」が発売される。

・チャギントンシリーズがプラレールのラインナップに登場。

・プラレールの走るカフェ「プラたく」がオープン。

2014年

・新しい動力ユニットとして「のせかえOK!シャーシ(通称・新メカ)」が導入される。

2015年

・プラレールのレールの青色が商標出願される。

・「新幹線変形ロボ シンカリオン」シリーズの展開開始。

2016年

・プラレールの走るカフェ「カフェ子鉄」がオープン。

2018年

・「新幹線変形ロボ シンカリオン」のアニメシリーズの放映開始。

・空転氏が、プラレールレイアウト制作法について理論的に記述した同人誌「パパママのためのプラレール線形幾何学」を発行。

2019年

・韓国国内にて韓国限定のプラレール「KTX」が発売される。

2020年

・べーやん氏、プラレール系YouTuberとして初めて動画チャンネルの登録者数が10万人を突破する。

・8月12日の夜を中心に、プラレール起源特定騒動、通称「ちゃぶ台返し事件」が発生。マニア達の活動により、プラレールの起源が「keystone tot railroad」であると判明する。

参考文献

1、いなかのえき、“プラレール大全”

2、タカラトミーモール、“プラレールってなに?”、
https://www.takaratomy.co.jp/products/plarail/about/index.htm

3、プラレールのすべて、ネコ・パブリッシング

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